はじめに
日本では現在、ダウン症候群(21トリソミー)、18トリソミー、13トリソミーの3つの染色体異常を対象とした標準的なNIPTに加えて、全染色体検査や微細染色体変異(コピー数変異、CNV)を対象とした「拡大NIPT」が、一部の施設で提供されています。
これらの拡大NIPTは、一見すると「より多くの異常を見つけられる」という利点があるように思えますが、実際には多くの問題点があり、国際的な医学会では一般妊婦への提供を推奨していません。
このページでは、拡大NIPTについて慎重に考えたい理由を、医学的根拠に基づいて説明します。
拡大NIPTとは
全染色体検査(全ゲノムNIPT)
- 1番から22番までのすべての常染色体と性染色体の数の異常を調べる検査です
- 標準的なNIPTでは調べない「まれな染色体異常(稀少トリソミー)」も対象とします
微細染色体変異(CNV)検査
- 染色体の一部が欠けている(欠失)、または余分にある(重複)状態を調べる検査です
- 22q11.2欠失症候群(ディジョージ症候群)などの微小欠失症候群や、その他の小さな染色体の変化を対象とします
拡大NIPTをおすすめしない理由
1. 偽陽性率が非常に高い:陽性と出ても実際には異常がないことが多い
拡大NIPTの最も大きな問題は、陽性と出ても実際には赤ちゃんに異常がない「偽陽性」が非常に多いことです。
まれな染色体異常(稀少トリソミー)の陽性的中率
- 陽性的中率:わずか2〜8%(つまり、陽性と出ても実際に異常があるのは100人中2〜8人のみ)
- 偽陽性率:92〜98%(陽性と出た人の92〜98%は実際には異常がない)
微細染色体変異(CNV)の陽性的中率
- 全体の陽性的中率:約28〜38%
- 大きなCNV(10 Mb以上):約46.5%
- 小さなCNV(10 Mb以下):約28.6%
- 特定の微小欠失症候群:50〜80%(ディジョージ症候群など一部を除く)
比較:標準的なNIPT(ダウン症候群など)の陽性的中率
- ダウン症候群:約83〜92%
- 18トリソミー:約26〜81%
- 13トリソミー:約10〜55%
つまり、拡大NIPTで陽性と出た場合、実際には異常がない可能性が非常に高いのです。これは、検査を受けた妊婦さんとご家族に大きな不安を与え、不必要な心配や追加検査を招くことになります。
2. 偽陽性の原因:限局性胎盤モザイクと母体由来の要因
拡大NIPTで偽陽性が多い主な理由は、以下の通りです。
限局性胎盤モザイク(CPM)
- 胎盤だけに染色体異常があり、赤ちゃん自身は正常という状態です
- まれな染色体異常の偽陽性の約80%は、限局性胎盤モザイクが原因です
- 特に稀少トリソミーでは、限局性胎盤モザイクが非常に多く見られます
母体由来の要因
- 母体自身が気づいていない染色体モザイクを持っている場合があります
- 母体の子宮筋腫や、まれに母体の悪性腫瘍(がん)が原因で陽性と出ることがあります
- 複数の染色体異常が同時に検出された場合、その一部は母体の悪性腫瘍(特に乳がんやリンパ腫)が原因であることが報告されています
消失双胎(バニシングツイン)
- 双子妊娠で一方の胎児が早期に死亡した場合、その胎児由来のDNAが陽性結果を引き起こすことがあります
3. 検出できる異常の範囲が限られている
拡大NIPTは「全染色体」や「微細染色体変異」を調べると謳っていますが、実際にはすべての染色体異常を検出できるわけではありません。
検出できない異常
- 7 Mb未満の小さな染色体変異:多くの病的な染色体変異は7 Mb未満であり、拡大NIPTでは検出できません
- バランス型転座:染色体の一部が入れ替わっているが、全体の量は変わらない異常は検出できません
- 一部のモザイク型:モザイクの割合が低い場合は検出できません
- 単一遺伝子疾患:染色体の数や大きさの変化を伴わない遺伝子の異常は検出できません
つまり、拡大NIPTで「陰性(異常なし)」と出ても、すべての染色体異常が否定されたわけではないのです。これは「偽陰性」のリスクがあることを意味します。
4. 見つかった異常の意味がわからないことが多い
拡大NIPTで検出される染色体変異の中には、その意味や将来への影響がわからないものが多く含まれます。
意義不明の変異(VUS)
- 病的かどうか判断できない染色体変異が見つかることがあります
- 出生前には、その変異が赤ちゃんにどのような影響を与えるのか予測できません
- 同じ変異を持っていても、まったく症状がない人から症状がある人まで、幅広い可能性があります
まれな染色体異常の予後予測の困難さ
- 稀少トリソミーの多くは、妊娠中に自然流産となるか、出生後まもなく亡くなります
- しかし、一部はモザイク型で長期生存することもあり、出生前に予後を予測することは非常に困難です
- 限局性胎盤モザイクの場合、赤ちゃん自身は正常でも、胎盤機能不全により胎児発育不全などの妊娠合併症のリスクが高まることが報告されています
5. 確定診断のための羊水検査が必要になる
拡大NIPTで陽性と出た場合、必ず羊水検査などの確定診断が必要です。
羊水検査のリスク
- 羊水検査には、約0.1〜0.3%(300〜1,000人に1人)の流産のリスクがあります
- 偽陽性率が高い拡大NIPTを受けることで、不必要な羊水検査を受ける妊婦さんが増えてしまいます
- 実際には赤ちゃんに異常がないのに、羊水検査による流産のリスクにさらされることになります
心理的負担
- 陽性結果を受け取ってから確定診断の結果が出るまでの間、妊婦さんとご家族は大きな不安とストレスを抱えることになります
- 偽陽性であることが判明しても、その間の心理的負担は計り知れません
6. 国際的な医学会は推奨していない
拡大NIPTについて、国際的な医学会は以下のような見解を示しています。
国際出生前診断学会(ISPD)の見解
- 微小欠失・重複症候群や染色体の部分的な変化に対するNIPTは、一般集団への定期的な使用は推奨されない
- 全ゲノムNIPTは、すべての病的な染色体変異を包括的にスクリーニングするものではない
- さらなる前向き研究が必要である
アメリカ医療遺伝学会(ACMG)の見解
- 現時点では、22q11.2欠失以外のCNVに対する定期的なスクリーニングを推奨するには証拠が不十分である
- 臨床的妥当性と有用性に関する不確実性があり、陽性的中率と陰性的中率が明らかでない
- 全ゲノムCNVスクリーニングの定期的使用は推奨しない
アメリカ母体胎児医学会(SMFM)の見解
- 微小欠失症候群に対する一般集団スクリーニングは推奨されない
- 病的なCNVに関する情報を得たい患者には、微小欠失症候群のNIPTではなく、絨毛検査または羊水検査による染色体マイクロアレイ検査を提供すべきである
7. 十分な遺伝カウンセリング体制が欠かせない
拡大NIPTは結果の解釈が複雑なため、検査の前後で十分な遺伝カウンセリングを受けられることがとても重要です。
検査前に確認したいこと
- 拡大NIPTの限界(偽陽性率の高さ、検出できない異常の存在など)について、十分な説明を受けられるか
- 陽性と出た場合の対応(確定診断の必要性、結果の解釈の複雑さなど)について、事前に説明を受けられるか
- 検査を受けるかどうかを、時間をかけて相談できるか
検査後に必要な体制
- 陽性結果が出た場合、その結果の意味や今後の対応について、専門的なカウンセリングを受けられるか
- 特に意義不明の変異が見つかった場合、その解釈と対応には高度な専門知識が必要です
超音波検査で異常が見つかった場合は別です
ここまで説明してきた内容は、超音波検査で異常が見つかっていない一般の妊婦さんを対象としたものです。
もし超音波検査で胎児の構造的な異常が見つかった場合は、状況が異なります。
- 超音波異常がある場合、染色体異常のリスクは大幅に高まります
- この場合、拡大NIPTではなく、羊水検査による染色体マイクロアレイ検査が推奨されます
- 染色体マイクロアレイ検査は確定診断であり、NIPTよりもはるかに多くの染色体変異を検出できます
まとめ:多くの場合、標準的なNIPTで十分です
標準的なNIPT(ダウン症候群、18トリソミー、13トリソミー)の利点
- 検出率が非常に高い(98〜99%以上)
- 偽陽性率が低い(0.04〜0.1%)
- 陽性的中率が高い(ダウン症候群で約83〜92%)
- 症状が明確で、予後予測がある程度可能
- 国際的な医学会が推奨している
- 十分な科学的根拠がある
拡大NIPTの課題
- 偽陽性率が非常に高い(稀少トリソミーで92〜98%、CNVで約62〜72%)
- 陽性的中率が非常に低い(稀少トリソミーで2〜8%、CNVで約28〜38%)
- 検出できない異常が多い(7 Mb未満のCNVなど)
- 見つかった異常の意味がわからないことが多い
- 不必要な羊水検査と心理的負担を招くおそれがある
- 国際的な医学会は一般妊婦への提供を推奨していない
- 十分な遺伝カウンセリング体制が欠かせない
最後に
出生前診断は、妊娠中の選択肢の一つです。しかし、すべての検査が一般の妊婦さんにとって医学的に有用というわけではありません。
拡大NIPTは、一見すると「より多くの情報が得られる」という利点があるように思えますが、実際には偽陽性率が非常に高く、不必要な不安や追加検査を招くリスクがあります。国際的な医学会も、一般妊婦への提供を推奨していません。
標準的なNIPT(ダウン症候群、18トリソミー、13トリソミー)は、科学的根拠に基づいた信頼性の高い検査です。多くの場合、これで十分な情報が得られます。
もし拡大NIPTを検討される場合は、以下の点を確認されるとよいでしょう。
- なぜその検査が必要なのか
- 偽陽性率と陽性的中率はどのくらいか
- 陽性と出た場合、どのような対応が必要か
- 十分な遺伝カウンセリングが受けられるか
- 検査後のフォローアップ体制は整っているか
十分な情報を得た上で、ご自身とご家族にとって最善の選択をしていただくことが大切です。当院は、どのような選択をされても、皆様を支援いたします。
NIPTそのものや対象疾患については、NIPTのページやなぜ3疾患に限られるのか、性染色体異常とNIPTもあわせてご覧ください。
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本コラムは、出生前診断について理解を深めていただくための一般的な情報提供を目的としています。検査の適応や結果の解釈は、妊娠週数やお一人ひとりの状況によって異なります。具体的なご相談は、外来で医師・専門スタッフへお気軽にお声がけください。
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